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東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)2250号 決定

債権者 高元久

右訴訟代理人弁護士 石井正夫

債務者 財団法人 東京中華学校

右代表者理事 李政義

右訴訟代理人弁護士 大沢一郎

同 西迪雄

同 富田美栄子

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は、債権者の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和五六年四月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二四日限り金一五万円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  債権者の主張

1  債務者は、在日中華民国人の小学校一年から高校三年までの子弟に対する教育を施すことを目的として設立された日本法に基づく財団法人であり、事務所を肩書地においている。

2  債権者は、昭和四六年四月一日から引き続き債務者の小、中、高校生の教員として勤務し、昭和五五年四月には、担任学科国文、兼任職務訓育主任(学生の日常の生活指導)および高三導師(高校三年生の担任)の辞令を受けていた。

3  債権者は、昭和五六年四月九日、債務者代表者理事(校長)李政義から一方的に解雇を言い渡された。

債務者が債権者を解雇する理由は、要するに、債務者は、雇用する教員のその年度における担任学科および兼任職務内容を明らかにするため、雇用する全ての教員に対して毎年「聘書」という辞令を交付するのを常としていたが、債権者は昭和五六年度の聘書を受けとらない、というにあった。

しかしながら、債権者は、債務者から新聘書の受領を促されたこともなく、したがってその受領を拒絶したこともないので、右解雇の意思表示は無効である。

4  債権者は、債務者から昭和五五年度において給料毎月二四日限り金一五万円余を受け取っており、債権者は、債務者に対し解雇無効および給与支払いの本案訴訟を準備中であるが、この訴訟において勝訴判決の確定を待っていては給与を唯一の生活収入としている債権者は著しい損害を被るので、本申請に及んだ。

二  債務者の主張

1  債務者は、中華民国政府の認可を受けて設立された財団法人であって、中華民国の教育宗旨にのっとり小学校一年から高校三年まで一貫した母国教育を実施している特殊教育機関であるから、その教育活動はもとより、学則、教職員の服務規定等はすべて中華民国の法令および慣習に基づいて定められ、日本の同等学校とは異なった独自の運営がされている。そして、債権者は、債務者の教員に就任するに際し、これらの特殊性を認識し、中華民国における教員任用制度である招聘手続によってその合意を成立せしめ、その後も毎年同手続による聘書が授受されることによって各年度の教員たる地位が存続してきたところからすれば、両当事者間においては中華民国法による旨の黙示の合意があったと解すべきであり、中華民国法が準拠法である。

2  中華民国においては、教員の任用については招聘制度が広く一般的慣行として制度化され、人事権を有する校長は教員に有効期間を一年とする聘書を交付し、当該教員が異議なくこれを受領することによって、各年度ごとに、一年の期間を定めた招聘契約が成立することになっている。すなわち、右聘書は、中華民国においてわが国の教員免許状と同等の効力を有し、かつその授受によって教員の採用が確定するのである。

債権者と債務者間の招聘契約については、昭和四六年度の採用以来、毎年聘書の授受が行なわれ、昭和五五年度の聘書においてはその有効期間は昭和五五年四月一日から同五六年三月三一日までとされていたが、同五六年度の招聘については、債務者が債権者を招聘しようとして新聘書を交付したにもかかわらず、債権者はその条件を不満としてその受領を拒絶した。したがって、債権者は昭和五六年三月三一日をもって債務者の教員たる地位を喪失したものであって、これは債務者による解雇あるいは雇い止めというようなものではない。

3  仮に本件招聘契約について日本法が準拠法となるものと解しても、そもそも本件招聘制度が中華民国の確立された慣行を基礎として行なわれていることは無視できず、本件招聘においては、各年度ごとに聘書が交付され、期間を明確にして契約手続が行なわれているのであるから、たまたま債権者の勤務年数が約一〇年にわたったからといって、本件は解雇の法理を適用すべき筋合にないのみならず、更新拒絶権の濫用となる余地もない。

三  債務者の主張に対する債権者の反論

1  債務者は日本法により設立された日本法人たる財団法人であり、債権者は滞日台湾人ではあるがすでに日本において一五年以上も生活している者で日本を事実上の母国としている者であり、債権者の本件雇用契約の労務の給付地も契約の締結地も日本の東京であるから、日本法による旨の黙示の意思表示があったというべきである。

仮に右の黙示の意思表示が認められないとしても本件雇用契約の行為地は日本であるから法例七条二項により本件雇用契約の準拠法は日本法である。

仮に以上の主張が全て認められないとしても、法例七条の準拠法選定自由の原則は公序としての労働法により制約されるべきものであり、本件雇用契約に中華民国法を適用することは法例三〇条からして認められるべきではなく、本件雇用契約は日本の労働法に従い判断されるべきである。

2  債権者と債務者間の本件雇用契約は、すでに平穏に一〇年以上にわたり雇用関係が継続してきたもので、雇用の継続は事実上予定されていたものであり、債務者の事業は教育であるから本来継続的になされるべきであって、その教育担当者が全員いわばアルバイト的存在であってはとうてい満足な教育はなし難いのは明らかであるから、本件雇用契約は期間の定めのない雇用契約と判断される。債務者は、聘書の交付、受領をもって新契約が成立していたかのように主張するが、同聘書には雇用契約の基本的要素である報酬の記載が全くないから、聘書は日本法で定めるような毎年雇用期間を更新する趣旨のものではなく、その年度における担任学科および兼任職務内容を明らかにするものにすぎない。

仮に本件雇用契約が期間の定めのあるものであったとしても、前記諸事情を考慮すれば、本件雇用契約は期間の定めのない契約に転化したもの、あるいは期間の定めのない契約と実質的に変わりがないものとして、雇い止めの効力の判断にあたっては、その実質にかんがみ解雇に関する法理を類推適用すべきである。

仮に本件雇用契約が一年ずつの契約であったとしても、債務者は昭和五六年四月一日から四月九日まで債権者の就労を認め、給与を支給しているから、この就労の是認により黙示的に本件雇用契約は更新せられたというべきである。

3  仮に本件雇用契約の準拠法が中華民国法であったとしても、本件雇用契約は同民法四八八条本文にいう期限のあるものではなく、期限の定めのないものであって同条但書により慣習に従うべきであり、慣習によれば、債権者のような教員は評価が丁(評点五九点以下)とならない限り雇用契約を解除せられることはないから、本件雇用契約の解除は無効であり、本件雇用契約は以前として従前と同一の条件で継続している。

第三当裁判所の判断

一  まず、準拠法について判断する。

債務者は、債権者と債務者間の本件雇用契約の準拠法は中華民国法であると主張する。

確かに、《証拠省略》によれば、債務者は、在日中華民国人の小学一年から高校三年までの子弟に対する教育を実施することを目的として中華民国政府の認可を受けて設立された教育機関であり、他方、債権者は、中華民国国籍を有し、昭和四六年四月一日から引き続き債務者の小、中、高校の教員として勤務してきた者であることが認められるが、しかしながら、《証拠省略》によっても、債権者と債務者間の本件雇用契約の締結に際して当事者が準拠法を中華民国法とする旨の明示の意思表示をした事実は、これを認めることができない。

次に、当事者が本件雇用契約を締結した際準拠法を中華民国法とする旨の黙示の意思表示をしたかどうかについて検討するに、《証拠省略》によれば、債務者は、中華民国の教育宗旨にのっとり在日中華民国人の子弟に対して母国教育を実施している特殊教育機関である(なお、債務者が中華民国政府の認可を受けて設立されたものであることは、前示のとおりである。)から、その教育活動はもとより、学則、教職員の服務規定等すべて中華民国の法令および慣習に基づいて定められ、日本の同等学校とは異なった独自の運営がされていること、債務者は債権者を雇用するに際して有効期間を一年とする聘書を債権者に交付し、その後も各年度ごとに同様の聘書を債権者に交付して雇用を継続してきているが、これら聘書は中華民国語を使用し、かつ、同国で通常の教員任用制度とされる招聘手続における聘書の書式であったことが一応認められるから、本件雇用契約につき中華民国法を準拠法とする旨の黙示の意思表示があったのではないかという疑いがないではない。しかしながら、他方、《証拠省略》によれば、債務者は日本法に基づいて設立された財団法人であって、事務所を日本国内に置いているものであり、また、債権者は、中華民国国籍を有する者ではあるが、既に我が国において一五年以上も生活を続けていて、その生活の本拠は我が国にあること、債務者に最初に教師として招聘された当時、債権者は我が国の明治大学大学院の博士課程に在学しており、したがって、本件雇用契約の締結地も我が国であること、および、本件雇用契約の履行地も当然我が国であること、以上の事実が疎明されるから、これらの事実をあわせ考えるときは、前記疎明された事実のみをもってしては、いまだ本件雇用契約の準拠法を中華民国法とする旨の黙示の意思表示があったものとするに足りないといわなければならない。けだし、本件雇用契約の締結地でありかつその履行地である我が国においては、通常、当然に日本法が適用されているものであるから、例外として本件雇用契約の準拠法を中華民国法と定めることは、この当然に適用される日本法を排除する趣旨を含むものでなければならないというべきところ、前記疎明された事実をもってしては、日本法の適用を排除する趣旨まで含まれていたものと認めることはできないからである。

そうすると、本件雇用契約については、その準拠法につき明示的な意思表示はもちろん、黙示の意思表示も存在しないものというべきであるから、準拠法に関する当事者の意思が分明ならざる場合として、法例七条二項により、その準拠法は行為地法によるというべきであるところ、本件雇用契約の行為地がわが国であることは前示のとおりであるから、結局、本件の準拠法は日本法であるといわなければならない。したがって、この点に関する債務者の主張は、これを採用することができない。

三  そこで、日本法を準拠法として、債権者と債務者間の本件雇用契約の内容、特に期間の定めの有無について検討する。

《証拠省略》によれば、債権者は、昭和四六年四月から一〇年間にわたって継続して債務者学校に雇用され、その業務に従事してきたものではあるが、債務者は、教員任用の方式として、雇用するすべての教員に対し、毎年四月一日から翌年三月三一日までの一年間を有効期間とする「聘書」という辞令を交付するのを常としており、同聘書には、担任学科、兼任職務、聘書有効期間のほか、規約として(1)招聘を受諾した教員は本校の各規則および教職員服務規定に従って熱心に勤務しなければならない、(2)招聘有効期間満了後五日を経過しても新しい聘書の授受がない場合には招聘は継続しない、(3)もし本校の規則を遵守しない場合あるいはその任務を全うすることができない者は学校より招聘の解約をすることができる旨の各規定が明記され、債権者に対しても右雇用の継続に際しては必ず各年度ごとに一年間の有効期間を定めた同様の聘聘書を交付していたこと、債権者と債務者間の雇用契約に関する書面としては右聘書が唯一のものであったことが一応認められ、このような事実からすれば、債権者と債務者間の本件雇用契約は一年の期間を限った雇用契約であって、その雇用契約が一年ごとに聘書の授受によって更新されていたものであることが明らかであり、これを期間の定めのない契約と認めることはできず、また、更新がくり返されたことによって期間の定めのない契約に転化したものと認める余地もないものといわなければならない。《証拠省略》によれば、昭和五五年五月現在における債務者学校の職員合計三六名のうち在職期間が三年未満の者が一八名(そのうち一年未満の者は一五名)にのぼり、しかも、毎年相当数の職員が入れかわっていることが認められるが、このような事実なども、債務者学校の職員の雇用契約が一年ごとに更新されているものであることの証左ということができる。

なお、右聘書中には「薪俸」として俸給を記載する欄があるところ、昭和五五年から同五六年までの債権者の聘書であった《証拠省略》には、いずれも債権者の俸給の額の記載がないことは、債権者の指摘するとおりであるが、審尋の結果によれば、俸給については債務者の給与体系に従って算出支給されるものであると当事者間で了承されていたことが窺われるから、聘書に俸給の額の記載がないからといって、毎年度ごとの聘書の交付が雇用契約の更新に当たらないと解することはできない。

また、債権者は、教育が本来継続的にされるべきものである以上、教育職員は期限の定めのない長期の勤務者であることが必須である旨を主張するが、被用者たる教育職員の任用の形態は、雇用主たる債務者において任意に決定し得るものであって、教育職員であるからといって当然に期限の定めのない雇用形態でなければならないとする法理はないものというべきであるから、債権者の右主張は採用することができない。

四  ところで、《証拠省略》によれば、債権者は、昭和五五年度の聘書(有効期限は昭和五六年三月三一日)を受けて、昭和五五年四月一日から同五六年三月三一日までは担任学科国文、兼任職務訓育主任(学生の日常の生活指導)および高三導師(高校三年生の担任)の任にあたってきたが、昭和五六年度の債権者への新聘書の授与はなされずに今日に至っていることが一応認められる。

そして、新聘書の授受がされなかった経緯として、

1  債務者は、昭和五六年三月二一日、債務者代表者理事(校長)李政義が中華民国に帰国中で不在であったために訴外士博生(債務者教員)を介して、債権者に対し、昭和五六年四月一日から同五七年三月三一日までの間の新聘書の交付の用意があることおよび同新聘書の内容が小学校の専任教師であることを電話で伝えたところ、債権者は、同聘書の担任内容を不満として聘書の受領を拒絶する態度を示した。

2  その後、帰国した李政義は、士博生から右事情の報告を受け、四月五日、債権者に対して新聘書の受領を電話で促したが、債権者の意向は改まらなかった。

3  債務者は、債権者がその後翻意して新しい聘書を受領することを期待し、四月六日の始業式に出勤した債権者を全校生徒に「本校教師」として紹介し、翌七日からは新年度の課程時間表に従って小学生に対する授業に当たらせたが、聘書を受領しない者に授業を担当させる事態をいつまでも黙過することはできないと考え、四月九日、李政義が債権者を校長室に呼んで再度聘書の受領を促したにもかかわらず、債権者が同聘書記載の内容は高校教員から小学校教員に降格するものであって納得できない旨を述べてその受領を拒んだため、李政義は債権者に対し、昭和五六年度の債務者の教員資格を授与しない旨を告げ、翌一〇日以降、債務者は債権者の担当予定授業を他の教員に担当させ、債権者の就労を拒否するに至った。

以上の各事実が一応認められる。

してみると、債権者と債務者間の雇用契約が一年の期間を限った雇用契約であって、その雇用契約が一年ごとに聘書の授受によって更新されていたものであることは前判示のとおりであるから、右のとおり昭和五六年度の新聘書の授受がなされなかった以上、債権者と債務者間の雇用関係は昭和五五年度の聘書の満了期限である昭和五六年三月三一日をもって終了したものというべきである。なお、前示の昭和五六年四月九日まで債権者が就労することを債務者が是認していたとの事実は、債務者がこれを是認した前認定の事情を勘案するならば、これをもって雇用契約が黙示的に更新せられたものとすることはできない。

五  よって、債権者の本件申請は被保全権利の疎明がなく、また、保証をもって右疎明に代えることも相当でないから、その余の判断をするまでもなく、理由がないものとして却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 杉本正樹 須藤典明)

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